渓流手帖

滝名川

岩手県

紫波町の西、奥羽山脈の東の斜面から東へ流れ、山王海ダムの湖を経て、志和稲荷神社のそばで山を出て、上平沢の田んぼのあいだを抜け、町の南で北上川に合わさる川。南隣の葛丸川と並ぶ流域の小さな川で、田んぼの広さにくらべて水が足りず、江戸のころから大正まで志和の水けんかと呼ばれる水争いが何十回も起きた。志和稲荷の狐の石像の耳が欠けているのは、その石合戦の名残だと伝わる。戦後に山王海ダムができて争いは終わり、堤には平安の文字が植え込まれている。ダムは平成に大きくかさ上げされ、葛丸ダムとトンネルで結ばれて水をやり取りしている。 漁業権が設定されていない川で、遊漁券を買う先が無い。ただし自由というわけではなく、釣ってよい時期と大きさは県の規則がそのまま及ぶ。秋には北上川からサケが上ってきて、下流の浅い流れで産卵する姿が見られるが、サケは釣ってはいけない魚である。地元の人たちがサケの稚魚を放していて、水を管理する土地改良区も、親子向けの学習会でイワナとヤマメの稚魚を川やダムの湖に放している。 釣りの記録は少ない。志和稲荷の鳥居から上、最初の砂防ダムまでを釣り上がった人は、少し上がったところで型のよいヤマメが出て、そのあと大小まじりで楽しめたと書いている。砂防ダムを越えた先も良さそうな流れが続くが、急にアタリが遠のいたという。里の区間は魚の跳ねがたくさん見えるのに、川に下りられる場所が少なく、岸に近づくとぴたりと跳ねが止んでしまって毛ばりを振れなかったという話がある。春は4月の半ばでも朝は冷えこみ、昼に気温が上がってからルアーを追う魚が出はじめる。掛かるのは小ぶりのヤマメが多い。 ダムより上流は、川床が一枚岩のなめらかな岩盤になる。水は澄んでいて、歩くと足もとを魚が走るのが見えるほどだが、隠れる場所が少なく、ルアーで1匹出すのがやっとだった人がいる。奥には座頭滝や鍵掛滝があり、滝を見に入る人がいるものの、道は崩れて薮が深い。林道は伐採や大雨の被害で閉じられることがあり、ダムまでの道が長く通れなかった年もある。ダムの湖では、橋の上からワカサギを餌にして30センチほどの鱒を上げていた人の目撃談が残っている。 夏はアブが多く、車から降りられずに引き返したという記録がある。クマの多い山で、近ごろはイノシシの親子が林道に出る。支流の沢内川には道から見える袖滝があるが、釣りの様子を書いたものは見当たらない。湖の底には落人の言い伝えを持つ山王海の集落が沈んでいて、昔は砂金も採れた。川の近くに工房を構える竹竿の作り手が、好きな川としてこの名を竿に付けたことがある。読みは「たきな」。

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